・三宅島被災地支援緑化活動
 2000年の噴火により多大な被害を受け、いまだに傷跡の残る三宅島。島民は帰島を許されましたが、まだまだ制限付きの生活が続いています。
 しかし、島民をはじめ多くの方々が復興に向け様々な努力を始めています。そんな中、地球緑化クラブも「緑化」という面でご協力させていただくこととなりました。溶岩、熱風、火山性ガス、酸性雨・・・噴火が原因で島の多くの植物たちが失われてしまいました。植物が失われたことで、土石流などにより民家への被害も心配されています。一刻も早く緑を取り戻し、安心な生活、そしてもとの緑豊か他三宅島を取り戻せることができればと思っております。
 ここではそんな三宅島の現状をお伝えします。生々しい噴火の傷跡、しかしながら魅力いっぱいの島の様子を少しでもお伝えできれば幸いです。
いざ、三宅島へ
 三宅島へは船が便利。東海汽船が東京竹芝客船ターミナル(浜松町駅徒歩8分)から三宅島・八丈島行きを毎日22時20分に出向させています。
 三宅島へはわずか7時間。朝5時すぎに到着します。ほとんど揺れることもなく、2等客室(和室タイプの大部屋)でもゆっくり休むことができます。
 朝早くの到着なので、まずは民宿で仮眠を取ることをお勧めします。
 三宅の民宿は個人経営が多く、アットホームな雰囲気が味わえます。
 食事も毎回食べきれないほどのおかずが出て、みただけでお腹がいっぱいになるほどです。
噴火の傷跡
 三宅島では今だに噴火の傷跡を島中で見ることができます。
 私が宿泊した民宿「阿蘇」のすぐ横も溶岩で覆われていました。そこは遊歩道として整備され、噴火の恐ろしさを目の当たりにすることができます。遊歩道を少し進むと旧三宅小・中学校跡地が目に入ります。写真は校舎の3階部分。これだけの溶岩がこの地を襲い、多大な被害をもたらしました。
 写真左は噴火後新設された鉄柵です。わずか数年で酸性雨によりボロボロになってしまいました。
 そして左は噴火前の阿古集落の様子。民家が建ち並び、島の活気を感じ取れます。
 これが現在の阿古地区。ほとんどの民家が溶岩に埋もれています。自然の災害とはいえ、どれほどの方たちがつらい思いをされたのか・・・
 当事、島で暮らしていた方の3分の1はいまだに帰島できずにいます。この状態を目にし、その現実をようやく理解することができました。
 火口近くに行くに従い、さらにすさまじい光景が広がります。
 かつて牧場であった地は草1本生えない殺伐とした風景へと変わり、照葉樹で覆われていた森も、立ち枯れた木と草が茂る地へと変貌してしました。

 これらの地を復興させるには、島民だけの力では到底不可能です。私たちにできることは何か・・・一度島を訪れ、考えることも大切であると強く感じました。